日記・コラム・つぶやき
2007.01.13
2006.06.04
リベンジ
24日にダ・ヴィンチ・コードを観に行った時
原山台の鶴橋風月で焼きそばを食べようかとガイドさんと
行った所、休みではなかったのですが開店が映画の始まる
まで間に合わずやめにしました。
結局違うものを食べたのですが。
この歳になるとこだわりが強くなるのか、3日後の27日土曜日に
泉ヶ丘の鶴橋風月に食べに行ってきました。
凄く美味しくて、食べたかったのではないけれど気が済んだのは
確かです。
2006.01.18
退院後、デイでの初カラオケ
退院後、2度目の耳鼻科受診での検査結果も良く、恐々
カラオケをデイサービスで仲間と一緒にやりました。
調子に乗って職員に進められ下記の五曲を歌いました。
シルエットロマンス(大橋純子82年)・夢一夜(南こうせつ78年)
釜山港へ帰れ(チョー・ヨンピル83年)・越冬つばめ(森昌子84年)
別れの一本杉(春日八郎55年)この五曲でしたが、内四曲が92点
後一曲が91点と癌宣告される前に行ったカラオケボックスでのカラオケ
時より凄く声が出ました。
その前から声帯は癌細胞に犯されていたのかもしれません。
春暖かくなれば、ガイドヘルパーさんと本格的にカラオケボックスで思い切り歌って来たいと思っています。
今、送迎でこの車に乗っています。
赤い羽根共同募金でいただいた送迎車だそうです。
2006.01.01
2005.05.08
忙しい春でした
2月の末に9年通っていた老人施設内の障害デイサービスが、
突然休止に( 期待を持たせていますが廃止です )になりました。
青天の霹靂そのものです。
それからが大変でした四月から利用する障害施設への見学と
面接の慌しい一ヶ月を送り職員との別れも早々に次の施設へ、
正直言って腹ただしいの一言でした。
支援費制度が始まっての二年間での赤字で他の事業に
波及するのを恐れた様子も厚生労働省が慌てて障害者自立支援法を
成立に躍起になっているのと同じです。
今月中に新制度は成立するでしょう。
その後良かったか悪かったかは2~3年しないと分からないと思います。
私は正直言って分かりませが経済的に困る方とお金を負担しても
支給量が増えてほしいと思う方も居られると思うし…
でも一番腹立たしいのはテレビのニュースとか影響力のある番組
(サンデープロジェクトとか)でなぜ取り上げないのか只それだけです。
連休に久しぶりに映画に行ってきました。
キアヌ・リーブスのコンスタンティンで、面白かったです。
ただし注意、終わった後場内の照明が完全に点くまで
絶対に席を立たないように。 後々後悔しますよ?
この蒸しパンは3月一杯在籍していた老人施設の
デイサービスでのおやつクラブで作ったものです。
私は只食べる人でしたが、その週で一番上手に 作れたと職員が
言っていた物です。
昨年の秋より製作に掛かっていたレックウォーマーです。
やっと新しい施設に行くまで間に合いました。
ただ半分はデイサービスの非常勤さんにお手伝いしていただきました。
長くて延びているのが私が作ったものできっちり編めているのが職員さんが手伝ってもらったものです。
2005.01.20
初めてのカラオケルーム
生まれて始めてカラオケルームに行きました。 デイサービスを休んで。
何時も受診している病院の形成外科が水曜日だけなので利用日のデイを
休まないと受診出来ません。
ガイドヘルパーさんを6時間頼んだので時間がだいぶ余りました。
車椅子を押してもらい歩いて約二十五分程かかるカラオケルームへ
凄いですね、私が世間知らずなんでしょうが何時もデイで歌っているカラオケとは
ぜんぜん感じが違いました。
ガイドさんと食事をしながら約2時間歌いまくりました。
デイでは他の利用者の手前余り厚かましく歌えないし気も使います。
十数曲歌ったと思いますがガイドさんも5曲ほど歌われました。
私より二つ上の女性なんですが世代が大体同じなので知っている曲もほぼ同じです。
銀恋を2人で歌って後はアトランダムに2人で歌いました。
ガイドさんはその後、三橋美智也の古城(S34年)、舟木一夫の絶唱(S41年)、フォー・セインツの
小さな日記(S43年)、ブロード・サイド・フォーの星に祈りを(S41年)を歌われましたが正直言って
今まで聞いた素人さんの中で一番上手かったと思います。
歌が好きな方は自然と上手くなるものなんでしょうね。
話は前後するんですが私は凄い巻き爪です。歩けないのもあるんですが左右とも親指が特にひどいです。
そこで超弾性ワイヤーで爪を広げる事になったんです。
ただ左足は少し伸びたらないので来月回しになりました。
改善されるのは短くても数ヶ月は掛かるそうで気の長い話です。
穴を開けてワイヤーを通すのですが痛みは全然ありませんでした。
ただ見ているガイドさんだけが顔をそむけてましたね。
どれ位の期間で少し真っ直ぐになるのか、今から楽しみです。
2004.12.11
千と千尋の神隠しを観て…
10日の金曜日読売テレビ系で放送された「千と千尋の神隠し」を
始めて見ました。
始めてと言っても宮崎作品自体一本も観た事のない偏屈なおっさんです。
見ない主義ではないのですが年齢的にも余り興味もなかったのもあります。
今、通所しているデイサービスの男性職員にファンが居て一度だまされたと思って
観て下さいと言われたのも有るのでじっくり観させて貰いました。
観想を一言で言えば絵が綺麗で話的にもよく出来ていたと思います。
ただ最後の終わり方に関して人それぞれ思いが有るので私的感想を書けば
千尋と両親が乗っている車がバックしながらトンネルを後にするエンディングは
なぜか喉の奥に物が引っかかるようで物足りませんでした。
あの後千尋の生活も落ち着き異次元の長くて短い生活も記憶の隅に追いやった後
街に出て歩いているとハクとすれ違うのです。
でもどちらもそのときの記憶がなく、数メートル歩いたときにどちらとも無く振り返るのです。
でも千尋もハクも思い出せづに気のせいと歩いていきます。
そして立ち止まり小首を両者とも傾げながら去っていく、そしてエンディングのテーマが
流れる。
これが私の期待した終わり方なんですが如何でしょうか。
安物の映画だといわれそうですが、私自身こんな気のせいかなと思う終わり方が好きなのです。
食わず嫌いはいけないと思うのでこれから宮崎全作品を観てみたいと思っています。
下記の写真はデイサービスで私が作った来年の干支の人形です。
いろいろと忙しくて七割方非常勤の女性職員にお手伝いしてもらいました。
有難うございました。

2004.10.31
勝間街道とは
『勝間街道』 (こつまかいどう)
江戸時代、難波より木津を通って粉浜中在家(現在の住吉区東粉浜)で紀州街道(住吉街道)と合流していた街道。
「勝間」の名称は、西成郡勝間村として大正時代まで残っていたが、現在、そのあたりは「玉出」と呼ばれている。
昔は結構にぎわった街道で、今はどうなっているか、散策してみるのもおもしろい
西成区は大正14年4月1日第2次市域拡張により、旧西成郡今宮町・玉出町・津守村・粉浜村の区域をもって誕生、区名は旧郡名にちなむものです。昭和 18年4月1日分増区に伴い、旧粉浜村の大部分が住吉区へ、旧天王寺村の一部、山王・天下茶屋地区が当区に編入され現在に至っています。また西成区は、人情味ある大阪下町の風情を残しており、現在は高齢の区民まつり・区民文化祭・体育レクリエーション大会も盛んで、各種団体を中心に地域のコミュニティづくりが積極的にすすめられています。
平成8年度には区制70周年を記念して、西成区のマスコットキャラクター「スーパーポンポコジャガピー、にしなりくん」が一般からの募集で選考・制定され、21世紀に向けた活発と潤いのある文化的な町づくりが区民一人一人を原動力として着々と進んでおり、西成区の更なる発展と繁栄を目指しています。
2004.10.28
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