亥年も暮れ様としています
1年の速さは、毎年思いますが凄いもの。
歳をとれば時間の経過は遅くなると聞いてはいたが
皆さんはいかがですか。
喉頭がんになって三年目、何とか持っている所を
見ると私は生命力があるのかも?
母が亡くなり二月で三回忌。一人暮らしの生活も
二年になりますが、ヘルパーさんとの相性も今の所
うまくいっています。
世の中の障害者の方、心配しないで他人に心を
ドンと預けてみたら。
世の中嫌な事は多いけども健康であれば何とかなるもの
後数時間無事で過ごして新しい年を迎えましょう。
1年の速さは、毎年思いますが凄いもの。
歳をとれば時間の経過は遅くなると聞いてはいたが
皆さんはいかがですか。
喉頭がんになって三年目、何とか持っている所を
見ると私は生命力があるのかも?
母が亡くなり二月で三回忌。一人暮らしの生活も
二年になりますが、ヘルパーさんとの相性も今の所
うまくいっています。
世の中の障害者の方、心配しないで他人に心を
ドンと預けてみたら。
世の中嫌な事は多いけども健康であれば何とかなるもの
後数時間無事で過ごして新しい年を迎えましょう。
今年も後一日で暮れ様としています。
私にとっては昨年以上の波乱万丈の年でした。
ただ色んな事があった割には、一年がゆっくり流れていて気持ち的には歳をとったのかも知れません。
体調も大分良いのでやりたい事をどんどんやって後悔のない2007年にしたいと思っています。
三ヶ月振りのブログの更新です。
2月の15日に他の科を含めて呼吸器内科に
受診したら即入院と言われました。
正直寝耳に水の心境でここまで自分の体が
最悪な状態とは思いませんでした。
動脈採血で酸素量47.8、二酸化炭素60で
普通に喋っているのが不思議だといわれました。
部屋が見つかり直ぐ入院し生まれて初めて
鼻にカニューレを付け翌日から人工呼吸器の
フジ・レスピロニクスのベンチレーターをつけました。
約2週間の入院の後在宅でのこの様な生活を
今はしています。
日中と睡眠時は0.5リットル、食事、トイレ、外出時は
1リットルですが慣れてしまえばあまり苦痛では今は無いですが。
11月22日に喉頭の扁平上皮癌の放射線治療が終わり3日後の25日に退院いたしました。
52日間の病院生活は私にとってはもっとも長い入院生活、ここまで入院すると
家に帰っても時間の感覚がおかしくなります。
放射線治療も7週間33回ともなると放射時間は数十秒でも今までに無かった疲れが出て早く病室に戻りたいと思いながらの治療でした。
特にシェルでの放射線防護マスクは辛かったです。
ブログの更新もやっとこの頃意欲が沸いてきた位でキーボードを打つのもしんどくて。
近いうちに受診ですが私の体も白紙ではなくなったわけで癌とゆう傷が付いて
いつその傷が生命として動き始めるか、私に運があれば命を全うするまで体の中深く
眠ってくれるでしょう。
前から気にはなってはいたのですが肺活量が少なく全身麻酔ができません。
息も直ぐ上がるし息苦しいし、それで呼吸器内科を受診したところ思っている以上に悪く最悪酸素療法をしないとと。
その方は検査の結果今すぐにとは言われなかったのですが。
身体障害者では給付が受けられないので呼吸器で再度申請をしました。
手帳が降りれば将来呼吸器関連の器具等の給付が受けられます。
それと医師に酸素飽和度を自分で管理するようにとパルス
オキシメーターの購入を勧められたので買いました。
一応しんどくなれば測っているのですが酸素だけは家庭で使いたくないものですね。
【14日・水曜日】
退院後初受診
耳鼻科は内視鏡は入れられたけどまず順調に回復しているようです。
首の焼けども傷も塞がっていて回復は早いようです。
でも呼吸器内科は動脈採血をしたら動脈血ガス(PaO2)が60Torr位しかなくて
在宅酸素を強く勧められましたが踏ん切りがつきません。
それに先天的な肺の変形なので寝ている範囲では慣れているようです。
呼吸器での手帳の申請をしたのでそれが降りて定期的な検査で今以上悪くなれば考えようかと思っています。
これは三度目の正直とは言わないですよね、 二度ある事は三度有るでしょうか。
三回目の生検で正真正銘の癌が見つかってしまいました。
喉頭の偏平上皮癌、進行度分類は四段階のステージⅠで初期なので90%完治する事のようですが 正直不安は不安です。
もう私の体は癌とゆう悪性新生物起動のスイッチが入ったんですね。
喉頭癌が完治しても又、何処かに別の癌が発生するかはこれぞ神のみぞ知るでしょうか。
この喉頭癌10万人に3人の発生者だそうですが私の骨形成不全症はハッキリ確定が出来ないのですが今、日本の患者さんが二千人位と言われています。 こんなに数少ない病気になるのに宝くじはとんと当たりませんね。
約二ヶ月近い入院生活どのように過ごそうか、退屈が一番しんどいかも。
八月になって早々耳鼻咽喉科に検査に行き声帯の様子を診てもらった結果
腫れも無く腫瘍も消えやっと病院から解放された気分です。
解放されたと言っても定期的な検査は必要ですが、1ヵ月に1回と間があくので体力的には凄く楽になりました。
障害者にとっては外出は楽しみではあるのですが体力も消耗します。
特に楽しい所に遊びに行くのと病院に行くのでは天と地の差があるものです。
これからは病院にいく分を一段と余暇の方に使いたいと思っています。
二十日に咽頭癌(声門癌)の組織検査の結果をドキドキしながら耳鼻咽喉科に聞きに行ってきました。 かろうじてセーフでした。
かろうじては腫瘍には違いないし、今現在良性でも何時悪性(癌)に
変わりうる状態だそうです。
月が変われば2週間に1度の内視鏡検査が必要で、腫瘍らしき物が出きれば
即組織をとって調べるとか。
あの鼻孔内に内視鏡の入っていく感覚は正直言って嫌なものです。
2週間に1度が何時までおこなうかは分からないですが間隔が長くなるのを今は祈っています。
主治医に原因はと聞けば即分かりませんの返事、人間の生体ほどいまだ解明できない深い深いブラックボックスがあるのでしょうね。
笑いと癌を研究している医師もいるし人間気持ちの動物なので一寸したストレスが良性を悪性に変えることは大いに有ると思います。
つらつら考えてみれば私にはこの時期に当てはまる極度のストレスを経験しているのでこのストレスと癌の関係は当たっているのではと思っています。
これからは一病息災を肝に銘じて気持ちにゆとりを持ちたいと思っています。
6日の日に2度目の喉頭癌(声門癌)の生検を近くの私立大学医学部附属病院で行なってきました。
前回は確定が出来ませんでしたので今回は何としてもとの思いは病院側も有った様で
先生も凄く焦っていた様に思われます。
穴に物を入れるのは大腸、食道とも辛いと思いますが(幸いにもどちらもありません・尿道は何回か経験していますが)鼻孔は説明しがたい辛いものが有ります。
麻酔の効きやすい方は割と簡単で苦痛もそれ程でもないかも知れませんが
私のように喉の奥が敏感で麻酔も効きにくい者にとってはこれが地獄の責め苦かと思うほど苦しいものです。
先生には貴方の様なえずく方は初めてですと言われてしまいました。
何回か試みて最終的には鉗子に綿を巻いて麻酔液を含まして喉の一番奥に塗り
何とか二ヶ所の組織をとりました。
20日に結果は分かるのですが後でこの2ヶ月が私の運命の分かれ道になるかならないか
は神のみがご存知なんでしょうね。
7日の七夕の日、私が行っている身障施設でバンブーフェスティバルとゆう催し物が行なわれました。
今まで無かったのですが今年から七夕の日に竹に感謝(作業所で竹炭の製造と加工を行なっています)と掛けているそうです。
主に家族会のお母さん達が頑張って企画をしたとか、母はつよしですね。
障害者にとっては親(特に母親)がなくしては語れないし又、それが自立の妨げにも(私の事かな)なっているのでしょうね。
風邪で体調を崩したので、本当は来週生検の結果を聞きに行く予定でしたが
1週間早めました。
結果は病理内が半分に分かれてしまったそうです。
一応癌細胞が有るのですが確定ができないそうです。
そこで残りの腫瘍を2週間後に又、取り調べるそうです。
こうなれば何でもします。 遅れれは遅れるほど本当の癌であれば
手遅れになるかもしれないし。
今は風邪で咳が酷くて声帯付近が凄く晴れているそうなので生検は出来ないそうです。
今が私にとっての人生の分岐点なのかもしれません。
やり直しの喉頭癌の生検をやっと8日の日に終えて少しほっとしています。
初診の時に喉頭癌と言われてそんなはずではと耳を疑っての3週間は
長かったです。
組織の病理検査は3週間後なので、緊急を要することはないので
癌ではないようです。
それに生でその組織を見た主治医もこの状態ならほぼ大丈夫だといっていたし。
ただ私の気持ちとしては回りは大丈夫といっても一抹の不安はあるし絶対はこの世にないと思っているので。
人生観が変わったと良く聞かれるのですが、私自身凄く鈍感なのか余り感じませんでした。
もし3週間後の生検の病理検査が本当の癌だと知らされたら又違った感情が芽生えると思いますが。
最悪の事を考えておこうと思っても人間って単純でいいほうに解釈するんですね。
もう7月1日にトム・クルーズの「宇宙戦争」を観に行くつもりだし
声が出る様になったらカラオケに行きたいと思ってます。
又、ヘルパーさんに叱られそうです。
まついさん、何時も気に掛けていただき有難うございます。
さりげない励ましのコメント嬉しいです。
デイ利用の仲間と(身障施設では利用者を仲間と呼びます)カラオケを会議室でやりました。
本当は今の私の立場的には歌うことは厳禁なのかも知れないけど調子に乗らせていただきました。
変な高い声しか出ませんでしたが早くもとの声に戻して堂々と皆の前で歌いたいと思っています。
大学病院の麻酔科に行ってきました。
喉頭癌の生検のためですが、結果はノーでした。
私の肺が余りにも小さくて耐えられないそうです。
結局早く治療方針も決めないとならないので
吸入方式で麻酔を掛けて生検を決行しました。
鼻から内視鏡を2回、口から1回計3回入れて組織を
取る段になって凄く咽てしまい、途中2回麻酔を入れ
やり直したのですが、取れませんでした。
結局休み休みでも約40分も掛かったので身体の事も
考えて来週にやり直すことになりました。
正直言ってえずくは、むせるはでふらふらでした。
一部始終しんどいながらモニターで観ていた時に気が付きました。
大きくなっているのが。
始めは気のせいかなと思ったんですが、最後に助教授の先生が
2週間で少し大きくなってますねとだめを押されてしまいました。
今の時点では未だ放射線治療の段階なので少しはホット
しているんですが。
聞けば放射線治療も7週間ぐらい掛かるそうで、この夏は
長い長い入院生活になると思います。
こうなったら開き直って若い看護婦さんウォッチングでもして
気を紛らそうかなとあほな事を考えている緊迫感のまるで無い
気楽な男です。
治療が始まって本格的なしんどさとか苦しさが出てきたらこんな
悠長なこと言ってられないけどね。
蛇足ですが、病院の帰りガイドヘルパーさんと近くのステーキハウスに行き
2,100円のヒレステーキランチを始めて食べました。
病気なっても食べられることって素晴らしいですね。
25日に腎臓内科と呼吸器内科を受診した結果、腎臓の方は特に手術に
支障はなかったのですが呼吸器で引っかかってしまいました。
私は、骨の障害があるので肺が未発達で肺機能が著しく悪く肺活量も
650㏄位しかなくて全身麻酔は呼吸器科としては無理だと。
でも喉頭がんの生検には全身麻酔は不可欠で何とかこれをクリア
しない限り治療方針も何も決まりません。
だから6月に入って麻酔の専門医に受診して意見を聞きます。
リスク覚悟で思い切って全身麻酔をしてするか又、別の方法を考えてもらうか
今、私は待ちの状態です。
人生自分の意思に反して病魔は襲ってくるものですね。
3月の中頃から声がかすれだして、丁度前の施設が3月一杯で
出なくてはならなくなって精神的に参っていたので、疲れと風邪かなと
思っていたんです。
新しい施設を4月から行き出してそれも慣れて来たのに
なかなかかすれ声も治まらず少し気になっていたんです。
病院にも行くのに踏ん切りもつかずに迷ってたところ、訪問看護の
看護婦さん、新しく利用しだした身障施設の看護士と看護婦さんに
強く受診を勧められてやっと18日に近くの私立大学の附属病院の
耳鼻咽喉科に行ってきました。
鼻からファイバースコープを入れて見た所、間髪を入れずに「喉頭がん」
ですねと言われました。
聞き返すこともなく他人事のように聞いていた私。
付いて行ってもらったガイドヘルパーさんが立ち尽くしていたのを観て
事の重大さが少しづつ分かってきました。
予備検査をして全身麻酔に耐えれる体かを調べるためにそれから
急いで各検査室へ。
心電図、血液と尿の検査、胸部レントゲン、肺機能検査をしてその日は
帰ってきました。
次の週に腎臓内科と心臓内科を受診して、月末に心臓エコーを
とって来月早々に生検手術を受ける予定です。
今は、ただもし癌であればなるべくステージが軽く部分切開で終わる
ことを祈っています。
声帯の全摘の後の食道発声を出来るだけのエネルギーは私には
無いと思うし自信もありません。
でも人と会話できない自分は想像できません。
禍福は糾える縄のごとし、後は良いことが起こればと今は祈っています。
数日前より痔の痛みと出血がひどくなり病院に行ってきました。
当初予定では来週近くの病院に受診しないといけなかったのでその時にでも診て貰うつもりでしたが、痛さを堪えてデイに行けば顔に痛みが出ていたようで看護師さんと職員さんに直ぐ行った方が良いと言われました。
凄く腫れて出血していたんでしょう、肛門鏡を入れられた時、最高に痛かったですね。
私は車椅子に長く座っていても、神経は正常なので床ずれは無いのですが痔だけは悩みの種でした。
全国の車椅子生活の障害者は床ずれと痔主に二分されるようですね。
アニメ・コミック | ウェブログ・ココログ関連 | グルメ・クッキング | パソコン・インターネット | ペット | 健康・病気 | 全身性身体障害者(福祉全般) | 心と体 | 携帯・デジカメ | 日記・コラム・つぶやき | 映画と健康 | 映画・テレビ | 福祉全般・全身性障害者 | 趣味
Recent Comments